セールスマン奮闘記 ③
「東京砂漠は本当だった?」
東京に出張中に起こった事です
それは電車での移動時にありました。
昼の2時を過ぎる頃、停車駅から幼稚園児6人と先生二人が乗ってきました。
その時の電車内は大体6割程度の乗車率です。
たまたま電車の座席(普通の通勤電車のシートの真ん中)が空いたので幼児たちが先生に案内され、座りました。
しかし、2人の幼児が座れずにいました。
反対側の席には若い人からご年配のご婦人まで座っていて、
その光景を見たご婦人が、「こっちに座りなさい」と席を幼児に譲りました。
1人だけのスペースが空いて座ったので残りは、幼児1人です。
5人の幼児が座ったシートの両端には若いサラリーマン(20代)が座っていました。
怪我もなさそうで眠っているわけでもなく、状況(空気)が読めないわけでもないのです。
席を譲るのは少し照れますが、この若いサラリーマンは譲るのだろうと思いました。
譲らない!!!
先生は5人の幼児の前の通路にかがみ、残った幼児はドアの横にスロープを持っていました。
若いサラリーマンは立っている幼児と、隣に座っている幼児との板ばさみ状態で座っています。
「マジか!?」
待てど暮らせど譲らない。その若いサラリーマンは空気を読んだのかボーっと天井を見上げていました。
まるで状況が流れるのを待っているかのように。
私(二児のパパ)の心境は、怒りがこみ上げてきました。
「おうコラア! 何で譲らんねん」と言ってやろうか?と思いました。
しかし、怒鳴ることで幼児達が怖がってしまっては、意味が無いと思いました。
やさしく「譲ってあげたら(笑)」と考えましたが、怒りが先行して私を素直に言えない状況にしていました。
怒りはその人だけではない。
なぜ周りの大人は孤立している幼児がいるのに譲らないのか?と思いました。
先生たちは、私の怒りをよそにまるで当然のように幼児と接していました。
全てではありませんが、上記の光景を見ると誰でも譲るやろうと思うのは私だけでしょうか?
そうこうしている内に駅に着き、
若いサラリーマンがその場を逃げるかのように降りて走って去って行きました。
私の胸の内は晴れませんでした。結果的に幼児のために何もできなかったからです。
自分の中でさみしさと無念さを感じていました。
「私も周りの大人たちと結果的には一緒になったのではないか!」
次回似たような状況があれば、やさしく一言掛けてみようと決心しました。
昔は特に思わなかったのですが、やっぱり子供ができると父親としての気持ちがでます。
商談先まで私の頭には前川清さんの「東京砂漠」が流れていました。
なぜか東京砂漠でした。
※歌詞は知りませんがなぜかチョイスしたのが東京砂漠でした。